「トマトと野菜カンパニー」の構造
- 企業ミッション:
- トマトを21世紀の日本人の“旨みだし”に育成する。
- 野菜系飲料を国民健康飲料に育成する。
- 事業ドメイン:
- 「トマトと野菜」
- コアコンピタンス:
- 「Refining the Tomato & Vegetable」
- バリュープロミス(コアバリュー):
- 「トマトと野菜」の豊かな「食」の世界
今回は、「バリュープロミス」の作り方についてお話します。「バリュープロミス」の策定は料理と同じで、必要な素材、調理方法、盛り付けかた、といった要素をからめた一つの構想であり、戦略であり、デザインでもあるともいえます。「バリュープロミス」の作るための「キーポイント=レシピ」に触れてみたいと思います。
「バリュープロミス」を策定するにあたり、まず把握するべきことは、「自分たちは、何屋さんか?」という事業ドメイン(領域)の特定にあります。かつて米国の鉄道が斜陽にさしかかろうとしたとき、「私たちの事業は、鉄道ではなく、トランスポーテーション(輸送)である。」と宣言し、本業を超えた運送業に変身することにより、事業を再興したという逸話があります。
時代の変化に合わせながら、自らの立つべき領域=ドメインを再定義することにより、企業は持続的な発展を可能にします。
1955年、岡山県の中学校の校長先生だった福武哲彦氏は、かねてからの夢であった出版業を営みたく、「福武書店」を創業します。もともと教育者であった創業者は、「進研ゼミ」というブランドで通信教育事業を立ち上げ、事業はまたたくまに成長し、業界NO.1のシェアを獲得するようになります。
1986年、当時、約594億円の売上高を誇る「福武書店」を引き継いだ2代目社長、福武総一郎氏は、やがて大きな壁にぶち当たることになりす。受験人口の減少に伴う事業拡大の限界。受験産業への世間からの冷たい目。急成長に伴う組織内の断絶。その時、福武社長が提唱したコンセプトが「Benesse(ベネッセ)」でした。
Benesseとは、ラテン語で「よく(bene)+生きる(esse)」という意味です。
「私たちが提供するのは、受験教育ではなく、” よく生きようとする人たち”を支援することだ。そのためには私たち自身も毎日を” よく生きようとすること” が必要だ。」と全社員の前で宣言しました。その後、事業ドメインの「Benesse =よくいきる。」を軸に、事業を再編し、幼児から高齢者までの学習マーケットにむけて事業を立ち上げ、拡大成長を遂げていきました。そして、1995年、自分たちの事業ドメインであり、バリュープロミスそのものであるBenesseを社名にしたのでした(2001年3月の決算では、連結ベースで2,629億円、単独決算で1,933億円の売上高になっています)。
成功する「バリュープロミス」の策定は、このような固有の「事業ドメイン」の設定から始まります。
誰にも個性があり、強みがあるように、組織にはコアコンピタンス(その組織の中核となる技術や能力)があります。一般的に、コアコンピタンスから外れた多角化は、よい成果を生みにくいといわれています。ブランド戦略は、「他者よりもいかに勝るか。」ではなく、「他者との関係性を明確にし、いかに棲み分けできるか」を基準にします。全体の中で、自分の「コアコンピタンス」をいかに活かすかということが、ブランド戦略の要になるのです。
1899年、カゴメの創業者 蟹江一太郎翁は、西欧野菜の栽培に着手、日本で初めてトマトの発芽を見ます。そして、トマトソース(現在のトマトピューレー)の製造に着手。その後のカゴメは、一貫して「トマト」を軸にして成長拡大を図っていきます。
1999年、創業100周年を迎えるカゴメは、改めて「トマトと野菜カンパニー」を次のように宣言します。そこでは、「トマトと野菜」以外のことはすべて削ぎ落とすという徹底した事業ドメインの特化と、コアコンピタンスからバリュープロミスまでの直結を行いました。
一方でバリュープロミスの策定は、「コアコンピタンス」の規定のみでは不完全といえます。なぜならば、「バリュープロミス」は、企業の提供価値としての「コアコンピタンス」と、顧客の期待価値をむすぶ「絆」であるため、対象となる顧客の特性や、ターゲットが期待する価値からも設定する必要があるからです。
1890年、洋小間物商「長瀬商店」は、輸入化粧石鹸に対抗できる商品として「花王石鹸」の開発に成功します。1928年には、石鹸の原料となる油脂の研究に基づいて業務用食用油脂「エコナ」を開発、発売しました。その後、同社の多角化は「パーソナルケア分野(石鹸、シャンプー)」および食品分野から「ハウスホールド分野(洗濯関連など)」、「化粧品分野」へと拡大していきました。これらの事業群は、石鹸から原料油脂に関する技術研究から周辺分野へと拡大していったもので、「コアコンピタンス」を活用した多角化であったといえます。
しかしながら、1986年、花王は「界面活性技術」という洗剤で培った技術を活かし、フロッピーディスクなどの情報事業に進出しますが、1999年に全面撤退をすることになります。花王ブランドのフロッピーディクスは、ターゲットとなる顧客に、ブランド価値を届けることができなかったからです。それまでの顧客とは全く異なる特性をもったターゲットは、何を求め、何が購買のトリガー(ひきがね)なのかが分らぬまま、価格政策に翻弄されたのでした。その後、花王は、経営方針の変更を行い、技術とマーケティング両面で得意とする「清潔、美、健康を具現化するヘルスケア分野とビューティ分野」に集中投資することを打ち出し、2001年3月期には過去最高の営業利益を更新することになったのでした。
以上バリュープロミスを作るにあたって重要な「要素=素材」のいくつかを上げてきましたが、その素材を加工(調理?)するにあたって必要ないくつかの与件を述べさせていただきます。まず1つは、明快で個性的であること。バリュープロミスは、その企業の固有の価値、哲学ですので、他社と同じ言語表現であっても、その世界観が、特別なものである必要があります。そして、社員が聞いても、顧客が聞いても、すぐ腹に落ちるような、誰でもが納得できるような明快さが必要です。
2つ目は、社会的な価値として共感されること。ベネッセの「よく生きる。」は、豊かな人生を送ろうとする一人一人の心に響くと同時に、新しい自立した個のあり方を提案したコンセプトは、これまでの日本の文化や社会状況に新しい一石を投じました。
カゴメの「“トマト”と“野菜”による豊かな“食”の世界」は、トマトの旨みをこれまでの醤油や味噌に替わる次の日本の食文化にしていこうという企業としてのコミットメントが背景になっています。バリュープロミスは、単なる経済機関としての約束だけでなく、文化機関として、あるいは社会の器としての約束も含まれている必要があります。
3つ目は、社内と社外で共用できること。バリュープロミスは、顧客と企業が結ぶ絆であるだけに、顧客に届ける価値であると同時に社内の人々に行動指針となり、組織文化として定着する必要があります。ベネッセの「よくいきる。」は、最初は社内のスローガンでした。会社中に「今日も驚くほどよく生きる。」というポスターが貼られ、まずは社内の活性化運動のコンセプトでした。そして、それが事業ドメインとして展開され、やがて企業ブランドとなったのです。ブランド戦略とは、「よく生きる。」という社員が、顧客の「よく生きる。」をサポートする、というように対抗する2 者が、あるいは個と全体が、類似形(フラクタル)をなすような戦略であり、その類似形の最小単位(アーキタイプ)が「バリュープロミス」である、といえます。
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