Chapter 01
ブランディングの基本フレーム
Branding frame

今、求められるブランディングとは何か?

企業は誰のものか?

企業は資本家のための、利益を生み出す装置として常に高性能化、拡大化が求められてきた。IR担当者は、4半期ごとの決算に奔走している。近年のブランディングブームも、いかに企業価値を高めることができるツールであるか、というところにフォーカスがあてられ論じられてきた。ところが、気がつくと、企業は売り買いの対象となり、ロイヤリティの高い優秀な人材はどんどん流出し、今まで組織をつなぎとめていた志や精神は希薄になりつつある。ブランディングについては、実体を越えた虚像を生み出す一過性の錬金術であるかのように誤解する企業家もいる。「企業とは何なのか?」「企業は誰のものなのか?」21世紀に入り、私たちはもう一度この問いに答えるときが来たのではないだろうか。その答えの延長線上に、新しいブランディングの役割や使命があるように考えられる。

人間と社会を豊かにする器

これは、1960年、ディビッド・パッカードがHPの社員にむけて披露した有名なスピーチである。「会社とはそもそもなぜ存在するのでしょうか。言い換えれば、何故我々はこの会社で働いているのでしょうか。『会社は利益をあげるために存在する』と考えている人が多くいます。でもそれは間違いでしょう。利益は事業を営むことで得た貴重な成果ではありますが、もっとおおもとの存在理由は別のところにあります。それは、大勢の人が集まり、みんなで力を合わせて一人ではなしえない何かを実現するため、ひいては社会に貢献するためです。金儲けしか眼中にないような人もいますが、その背後にはたいてい製品をつくる、サービスを提供するなど、価値ある営みをしたいという思いがあります。」

ここには、企業の中心に人がいる。人間と社会を豊かにしたいという共通の夢と願いがある。この言葉は、現在にいたるまで、HPウェイという企業理念として継承されている。

近年、投資家は、長期的経営の安定を期待するところから、CSR(Corporate Social Resposibility)活動に注視するようになったが、同時に、このHPのような明確で魅力的な理念をもつ企業にこそ、未来への安定的な成長が見込めると評価される時代になりつつある。

企業とは、人間と社会のためにある。そこにどれだけの歓びや美しさ、豊かさを生み出すことができるのか。企業の経営者は、このテーマについてどのようにしてリーダーシップをとることができるか。そこにブランディングの新しいテーマがあると考えられる。

ブランディングとアイデンティティ経営

今、求められているブランディングは、大きく次の4つによって構成されているといえる。1つは、企業活動の源泉となる明確なビジョン(基本理念や未来のあるべき姿)の構築と、それが組織の背骨となるように浸透させ、それを皆が生きるという「アイデンティティ経営」と呼ばれることである。

2つ目は、企業を支えるステークホルダーのことをよく把握するということである。特定のターゲットの期待価値を把握することも含まれる。3つ目は、ターゲットの期待価値に応えるブランド約束価値の設定。そして、4つ目は約束価値をターゲットにデリバリーするためのブランドドライバーの設計である。これらの活動で、もっとも重要なことは、もちろんどのようなビジョンをもち、どのような約束価値を関係者に配達するかということである。また、これら一連のバリューチェーンは一貫性をもって全体がアライメントされる必要がある。そのためには、企業組織は横断的にこれらの価値を共有し、常にこれらの重要性について相互に確認される必要がある。

ブランディングの基本フレーム

ブランディングの基本フレーム

新しいブランディング、7つの視点

新しいブランディングは、次の7つの方程式を解くことによって深められる。本書は、それぞれの事例をこの7つの視点からとらえようとしている。

  1. 理念とアイデンティティ経営:自らの存立理由を明確にし、社会的に正しいことをする、尊敬される礼のある企業をめざす。
  2. ポジショニングと棲み分け優位:コア事業のスキーマチェンジによって、新しいエリアに移行し、寝ている子(潜在顧客)を覚ます。
  3. 人を動かす表現とコミュニケーション:人の共通感覚にはたらきかけ、メッセージとイメージを伝える。
  4. 製品・サービスのマーチャンダイジング:製品・サービスに企業の思想を込め、約束価値のメディアとしてとらえる。
  5. 市民参加と社会マーケティング:自らの社会的価値をメッセージし、市民が参加するような新しいコミュニティを志向する。
  6. 事業構造とブランド体系:事業や製品の複雑化によって、構造を整理し、戦略的に体系を表現する。
  7. インナーブランディングとマネジメント:理念や約束価値を組織に浸透させ、持続的にマネジメントする。
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