突き刺さるシンボル。
今回は、ブランドコミュニケーションの核になる「シンボル:名前とマーク」についてお話します。「シンボル」を開発し、運用、展開する際に気をつけることを中心に述べます。
ブランドは名前から : メッセージとしての名前
日本には約29万通りの名字があるそうです。どの民族にも家々を区別する符号はありますが、一つの民族では数百種類程度がせいぜいで、日本に比べればはるかに単純な形態をとっています。ではなぜ、日本人がこんなに多様な名字を伝えてきたのか。日本の思想文化の研究者、武光誠氏によれば、それは私たちが名字を祖先からのメッセージとして重んじ続けてきたからではないか、ということです。江戸時代に一度、名字の歴史は途切れますが、なんと日本の名字の体系が確立したのは、鎌倉時代だそうです。私達は、そんな昔からの様式を継承し、メッセージを引き継いでいるのです。
ブランドにおいても「名前=ブランドネーム」は、識別要素の最小単位のものであり、ブランドの特徴や歴史をメッセージとして伝える最強の記号です。
名前のないブランドはありませんし、ブランドの背景にある企業活動や歴史、物語は、一言のブランドネームで語り継がれていきます。
企業や商品という送り手の立場からすれば、その「名前」や「シンボルマーク」に、いかに意味やメッセージをうまく吹きこみ、関係者に伝わるものができるか、が大きなテーマになります。優れた「名前」や「シンボルマーク」は、どんな規範や広告活動よりも受け手の心理を動かす効率のよい経営ツールになるのです。
実際、コカコーラやコダック、オリベッティなど、1970年代以降のほとんどの欧米の企業のコーポレートブランド戦略は、「シンボル」をマーケティングや経営の道具として捉えようとしたものでした。
さて、わが国の企業のコーポレートブランドの話です。
少し昔の話ですが、電電公社という組織がありました。売上高5兆円、職員32万人の巨大なお役所組織でした。1985年、民営化法により、電電公社は、日本電信電話株式会社となり、115年の官営の歴史にピリオドを打ちます。
これは、独占から競争へ、行政から産業へ、電話屋さんから先端通信サービス業への変革をもとめた国家レベルの戦略でした。この戦略に対応するブランド計画は、コーポレートブランド「NTT」の開発導入から始まります。「NTT」の3文字と、ブルーの「ダイナミックループ」は、大変な勢いで社会的認知を得ると同時に、社内の人心を一新するための旗印になりました。未来型企業への変革のシンボルとなったのです。
今では「NTT」なんて普通の言葉ですが、当時の電電公社としては、それは思い切ったネーミングでしたし、世論の反応も様々でした。その後、データ通信事業部は「NTT Data」、移動体通信事業部は「NTT DoCoMo」、というように各事業部は独自の戦略シナリオとブランドを掲げ、本体NTT から独立していきますが、その自立をスムースに成功させた背景には本体NTT のしっかりしたブランドコミュニケーションがあったからといっても過言ではありません。
シンボリックアウトプット : 「意味」の体系を象徴化し、「表現」の体系に変換する
1992年、NTTの民営化の7年後、NTTの一事業部であった移動通信事業部は、「NTT 移動通信網株式会社」として独立し、「NTT DoCoMo(ドコモ)」というブランドネームで営業を始めます。当時(資本金150億円)は、まだ「ポケットベル(NTTの商標です。)」と自動車電話が中心で、まさかこれほどまでに「ケイタイ」が流行るとは、誰も想像していなかった時代です。
新しいブランドネーム「ドコモ」が発表されたとき、沢山の人々が首を傾げました。「どうしてそんなふざけた名前をつけるの !? 」「変な名前。大丈夫!?」多数決をしても、社内では反対意見のほうが多かったそうです。しかし、「ドコモ」の設立メンバーにとっては、強い意志と深い意味を新ブランドに託してのスタートでした。
まずは、独立する以上、親を乗り越えるほどの事業に育てよう。そのためには、いつか親のナナヒカリともいえる「NTT」というブランドを外しても成り立つブランドネームにする。1988年、ドコモに先立つこと4年、データ通信事業本部が「NTT Data(NTTデータ)」というブランドネーミングで本体から独立します。その後判明するのですが、、、「NTT Data」というブランドは、NTTをはずすと一般名詞の「Data」だけになり、もし完全に独立した場合は、コーポレートブランドとして成立しないということを、ドコモの設立メンバーは知っていたのです。
同時に、老いも若きも、誰もが読めて、親しめ、わかりやすいネーミングにしよう。そして、自分たちのビジョンを盛り込み、後世までその意志が伝わるようなブランドを開発しよう、ということになりました。
「DoCoMo」は、「いつでも、どこでも」の「ドコモ」とよく解釈されますが、実は、企業ビジョンの「Do Communications」と「Communications over the Mobile」を合成することによってネーミングされました。
前者の「Do Communications(コミュニケーションをしよう!)」は、ドコモが持つ市場や社会への視点で、「アクセス文化の確立」や「個のアイデンティティの確立された社会」など、実現すべき新しい文化や価値観をキーワードにしたものでした。後者の「Communicationsover the Mobile(モバイルネットワークによるコミュニケーションの提供)」は、ドコモが約束する供給者としての視点で、「移動体通信のインフラの整備」、「技術、設備のイノベーション」、「新しい便利なサービス」など、実現すべき新しいシステム、機能をキーワードにしたものでした。
市場や社会への視点と、供給者としての視点。その両者をむすぶ「絆」として、新しいブランドが「DoCoMo」が開発導入されたのでした。
ブランドコミュニケーションとは、1)ブランドが目指す「意味の構造や体系」を「コアプロミス」に凝縮し、2)凝縮された「バリュープロミス」を「ブランドシンボル : 名前やマーク」に象徴記号として変換し、3)その象徴記号を核に、最適なメディアにブランド表現を適応展開させ、4)受け手の特性やトリガーに対応した表現の体系を構築していくこと、といえます。
このような「象徴化」を軸にしたコミュニケーションを「シンボリックアウトプット」と呼んでいます。シンボリックアウトプットは、ブランドコミュニケーションの要(かなめ)ですが、単にメッセージを直訳するのではなく、スキーマチェンジ(認識変換)を仕掛けることが重要になります。同じ現象でも、見え方を変えることによって違った世界観を形成するということです。
スキーマチェンジとは何か。ドコモの「i-mode」を例に説明しましょう。
スキーマチェンジ : 寝る子を覚ます
移動体通信は、アナログからデジタルへの移行を契機に、音声通話だけでなく、データ通信のメディアとして急速に進化しました。eメイルだけではなく、音楽配信で音楽が聞けますし、ゲーム配信でゲーム端末にもなります。ケイタイで買い物もできるようになりました。モバイル端末がついた電子ポットや写真機も出まわるようになりました。冷蔵庫やペットにくっつくのも時間の問題でしょう。ケイタイから選挙投票ができる日も近いようです。今や「ケイタイ」は、単なる電話機ではなく、コンピュータ端末になり、親のNTT が運営する有線電話の契約数を越してしまいました。
これらのサービスの加速度的な発展の背景には、「i-mode(アイモード)」というサービスブランドの貢献があるといっても過言ではありません。もし、これらのサービス群を「ドコモの、モバイル端末による、インターネット接続サービス」と謳っていたら、サービスの発展はこれほど早く、多様化していたか、疑問です。「ドコモのインターネットサービス」といわずに、「ドコモのi-mode」といったとき、初めて独特な世界観、サービスのイメージや個性が、脳裏に浮かび上がってきます。老いも若きも、コンピュータのことなど全然関心がなかった人にとっても、「i-mode」といえば、瞬間的に身近なサービスとしてその全体のイメージがたちあがるのです。 実態は同じでも、見え方を変えることにより、イメージや認識のされ方を変えることを「スキーマチェンジ」といいます(ゲシュタルト心理学では、よく、黒い花瓶の絵を眺めているうちに、少し視点を変えるだけで、花瓶の両側に白い人の顔が浮かびあがるトリックがありますが、このことで「スキーマチェンジ」を説明しています)。
このような「スキーマチェンジ」は、いままで関心すら示さなかった潜在顧客に、好奇心を与え、消費行動まで起こさせる効果があります。「ドコモのi-mode」は、このような「スキーマチェンジ」を仕掛けることにより、難しいインターネットプロトコルの技術を、コンピュータに全然関係ない顧客までにも普及させていったのです。 そして、このサービスそのものが、ドコモの象徴的な事業(=シンボリックアウトプット)となり、今日の発展につなっがったといってもよいかと思います。
ブランドボイス・ワンボイス : 経験とエモーション
2000年の7月、KDDとDDIとIDO の3社合併に伴い、ドコモに対抗する形で、「au(エーユー)」というブランドが登場します。すでにケイタイはドコモの独擅場でしたが、技術が高度になればなるほど、ケイタイはより” ヒトに近づく” 優しい存在になる必要があります。そうした発想のもと、ドコモより一歩先に行くと自認する「Mobile & IP(Internet Protocol)」をコア技術に、「私が世界の真中へ」というバリュープロミスを設定し、顧客から見れば「au=accessto universe(いろんな世界にあう)」、供給者から見れば「au=access to you(あなたにあう)」ということをブランドネームとし、「他者との関係性からクリエーションされる知恵や歓び」をテーマにシンボルが開発され、ブランド構築が設計されたのでした。
パワーブランドの核には、一点を突き刺すような強いシンボルが存在します。
現代は、情報が溢れんばかりに散乱しています(通信白書では、企業が発信する情報の約9%しかターゲットに届いていないという統計があります。他の情報は、海の藻屑と化しているのです)。このような他者との情報の戦いでは、明快で強いシンボルが必要になりますし、強いシンボルを持つことが効率的なコミュニケーション活動を可能にします。しかし、一方シンボルを持つだけでは、やはり「絵に描いた餅」に過ぎません。よく失敗するプロジェクトは、シンボル作って、展開せず、というプロジェクトです。せっかく、開発したシンボルも、展開されなければ、受け手にとっては、何もなかったことと同じになります。
ブランド認知と連想を深めるためには、シンボルを核にしながらも、ブランド価値を伝える映像やコピーのスタイル、色やタイポグラフィ(書体)までもマネジメントし、ターゲットに対応した持続的な情報発信が求められます。そこでは、表現のあらゆる要素が一つに統合され、つねに一つのボイス(ワンボイス)としてメーセージが表現されている必要があります。近年、欧米では、このようなブランドコミュニケーションを「ワンボイス」と呼び、特にウェブや店頭での「体験」までもブランド表現として統合しようとする動きがあります。
ブランドは、ただ単に、認知したり理解するという「左脳」の世界だけではなく、感動や共感という「右脳」の世界にまで、強く突き刺さる必要があるのです。 これらの表現の全体をブランドボイスと呼びますが、これらについては、ブランド認知と連想のプロセスを追いながら、次号でお話したいと思います(余談ですが、今回の「OilliO」のシンボルは、「DoCoMo」「au」と同じクリエーティブチームで開発されました)。