ブランドとは、資産である。
ブランド研究の第一人者であるD・A・アーカー教授は「ブランドエクイティ」というコンセプトを提唱しました。彼によれば、ブランドエクイティとは、「ブランド、その名前やシンボルと結びついたブランドの資産と負債の集合」(D・A・アーカー著、陶山計介ほか訳 『ブランドエクイティ戦略』 ダイヤモンド社、1994年)と定義されます。つまりブランドエクイティとは、ブランドに対して過去に費やされた投資の結果、製品や企業に付与された付加価値のことです。そして、ブランド自体を資産とみなすことができるという考え方です。
株主重視経営へのシフト- 企業価値最大化へむけて
今日、我が国においてもこの「ブランドエクイティ」の考え方が注目されるようになりました。その背景には、企業が「株主を重視する経営」にシフトしようとするところにあります。海外投資家の日本企業株式への参画や外資企業による買収や投資参加により、欧米流の株主評価を意識せざるを得なくなってきたのです。実際、日立製作所の株主比率を見てみますと、1988年では、「日本の銀行57.2%、海外投資家10.1%」であったのが、2001年には「日本の銀行40.1%、海外投資家29.8%」と大きく様変わりしようとしています。
企業価値は基本的にその企業が将来どれくらいの収益を生む可能性があるかで決まります。生産手段として土地や設備を持っていることが重要であった時代には、収益力は土地や設備などの有形資産が通常生み出しうる価値に収斂していく現象がみられました。しかし、知識集約的な産業が経済の中心になるにしたがって、企業価値は有形資産の価値をはるかに上回る水準で、特許や営業力、技術ノウハウといった無形資産で決まるようになりました。食品産業においても、工場などの有形資産や、製品の機能や物的特性ではなくて、そこに付加された「無形の価値」で計られようとしているのです。
無形資産としての「ブランド価値」
イギリスのインターブランド社の報告では、1970年代の「企業価値の源泉は、有形資産50%/無形資産50%」でしたが1990年代には「有形資産25%/無形資産75%」となり、2010年代には「有形資産20%/無形資産80%」と推移すると予測しています。また、無形資産に締めるブランドの比率が現在約64%。2010年には75% になると予測しています。
日本経済新聞では、国内有力企業を対象に「企業ブランドスコア・ランキング調査」を発表しています。さらに、同社はこの調査に基づき、PBR(株価純資産倍率)という指標を用いてブランド価値と企業価値の相関を分析しています。PBR は貸借対照表上に示される企業価値(薄価)に対して、株式市場で評価されている企業価値の倍率を示します。調査時点の東証1部の平均が1.658 倍であったのに対し、ブランドランキング上位27社のPBR平均は2.932倍でした。(『日本産業新聞』2001年2月14日)。このように、ブランドスコアと企業価値とのあいだにはプラスの相関関係が観察されます。
このような現象は我が国に限ったことではなく、欧米でも同様の調査結果が見られます。「強いブランドを持つ企業は、株価が高い」といわれる所以です。
ちなみに1 位は「ソニー」で、ブランドスコアは81、PBR は4.4。食品業界では、「味の素」と「日清食品」が8位で、ブランドスコアは71。PBR は「味の素」が2.1、「日清食品」が1.5でした。
このような世界的な潮流の中で、ブランドは、企業と消費者のコミュニケーション手段のひとつであるとともに、広告やマーケティングの範疇にとどまらず、経営の中核をなすものになりつつあります。ブランド強化は、経営陣が陣頭指揮をとり全社で推進、マネジメントするべき課題になっているのです。
ブランド価値を測定する
ブランド価値を測定する方法は2つあります。
1つは会計的なデータや財務的なデータを用いてブランドの金額的な評価を行うものです。
企業の財務諸表および管理会計から得られるデータに基づいて、ブランドの価値を金額に換算しようとするものです。
そしてもう1つは、マーケティングのデータを用いてブランドが持つマーケティング上の効果を測定しようとするものです。当該ブランドが消費者からの好意的な反応によってどのような効果をもたらしているかを評価する方法です。
我が国においても、2003年を目標に、財務諸表の中に「ブランド価値」を金額に換算して掲載することを前提に、経済産業省で研究委員会がはじまりました。しかしながら、「ブランド価値」を測定するには、大変難しい問題がはらんでいます。まず1つは、今までの「人、モノ、カネ」といった経営資産は、企業サイドで対応できましたが、「ブランド」という資産は、顧客や従業員といった受け手の「認識」「評価」によって形成されるため、企業サイドから一方的にコントロールできないことにあります。もう1つは、その「認識」「評価」は、人間の頭脳の中で形成されるイメージであり、それを数値におきかえることの難しさにあります。ここでは、ブラン価値を形成する要素に注目し、ブランド価値を高めるためのマネジメント手法について言及してみたいと思います。
ブランド価値を高める要素
前述のアーカー教授によれば、ブランド価値は次の5つのカテゴリーからなります。
- (1)ブランドロイヤリティ
- (2)名前の認知
- (3)知覚品質
- (4)ブランド連想
- (5)他の所有権のあるブランド資産
ブランド価値 5つのカテゴリー
- (1)ブランドロイヤリティ
- 消費者のブランドに対する忠誠度のことです。新規顧客を開拓するにはコストがかかるため、ロイヤリティ(忠誠心)が高い既存顧客はブランドの基盤を強固なものにします。
- (2)名前の認知
- 名前の認知もまた、ブランドエクイティの重要な一部です。消費者はよく知っているブランドを安心して購入する傾向にあります。したがって、認知度が高いブランドはそうでないブランドに比べて大きなチャンスを持っているといえます。
- (3)知覚品質
- 知覚品質とは、顧客が品質に対して下す評価のことです。メーカーが考える品質と消費者による評価はしばしば乖離しています。消費者から認知されたブランドにとって価値ある品質であるといます。
- (4)ブランド連想
- ブランドはブランド連想をもっています。コカ・コーラは米国文化を連想させます。マクドナルドは子供を連想させます。ブランドに結びつけられた連想は、そのブランドポジションを強固なものにします。
- (5)他の所有権のあるブランド資産
- 特許、商標権、顧客とのつながりなどをいいます。これらは競争相手からの攻撃を防ぐ力を持った資産です。たとえば商標権によって同業他社が同じような名前やシンボルを使って顧客を混乱させることを防ぐことができます。
これらのカテゴリーを高めることによって
- マーケティングプログラムの効率や有効性
- ブランドロイヤリティ
- 価格/マージン
- ブランドの拡張
- 取引のテコ
- 競争優位
を実現し、結果としてブランド価値を高めることになるのです。
ブランドマネジメントの課題
2001年度のブランドスコア1位になったソニーでは、これらの要素を「ブランドマネジメント室」という部署で一括してマネジメントしています。
アクティブアクション(積極的活動)としては、ソニーのブランドコアバリュー(コアプロミス)を明確に定義し、各部門に徹底するための活動を行っています。製品開発から物流、マーケティング、コミュニケーションに至るまで、ソニーらしさを貫徹するための社内規定と社内プロモーションを実施しています。
たとえば、約300社のグループ企業の5億ページにのぼるWeb サイトの表現に関しても、その「トーン&マナー」「インタラクティビティ」「ユーザビリティ」を統一するためのガイドラインが規定されており、1 時間単位のサーバー管理と1 週間単位のメイン画面のデザイン変更を実施しています。
また、パッシブアクション(受動的活動)としては、国内外における定期的な表現監査と、ステークホルダーへのパーセプションサーベイ(認識調査)が実施されています。表現監査とは、各国各地域の看板や広告で「SONY」というブランドが正しく表記されているか、コミュニケーション表現は、各国の文化も考慮にいれて「SONY」らしさを伝えているかといった社内調査です。またパーセプションサーベイでは、各国の消費者にむけて「ブランド認知と連想」「各ターゲット別ブランドイメージ」「各商品カテゴリー別のブランドパワー」を調査することにより、経営戦略の修正と「ブランド拡張」のマネジメントがなされます。
ブランド拡張とは、新しく生まれる製品や企業に「SONY」というブランドをつけるかどうか、つけるならば、どのように表現をすべきかを判断することです。基本的には各エリアの消費者に各商品カテゴリーにおけるSONYブランドの「適合性」と「期待値」について質問し、その結果からそれらの方針を決定することによって、SONYブランドのイメージとアイデンティティの拡散を管理するのです。
このように、ブランドは、社内においても社外においても、積極的に受動的にマネジメントされる必要があります。そのためには、ブランドマネジメントのガイドラインと全社を横断的にマネジメントする組織体制が必須事項となるのです。