Chapter 03
ブランド入門講座
Branding Study

ブランドは「人」がつくる。

「意志」 → 「言葉」 → 「行動」

コアプロミスとシンボルが設定されると、いよいよブランディングプロジェクトは本番を迎えます。

  1. 新しい商品やサービスの体系をとおして、「ブランドバリュー=コアプロミス」を消費者に届ける。
  2. メディアを選択し、新しいブランドシンボルを核にしたブランド表現を展開し、ブランドメッセージとエスセティックスを伝える。
  3. 結果として、受け手の中に、新しいブランドのイメージとアイデンティティが形成され、両者の「信頼と期待」がブランド価値を高める。これが、これからのシナリオです。

では、そのシナリオを具現化するのは誰でしょう。それは、社員の皆さんです。まずは社員がブランドバリューを共有するところから始まります。 今回は「人」がブランドをつくる、というお話です。

「行動に移す」とは、どういうことか?

「新しいビジョンとそこに向けての経営計画ができた。新しいブランドネーミングとシンボルもできた。スローガンもある。あとは行動だ。全社員が行動に移さなければならない。」会社は、声高らかに社員にそう呼びかけます。ところが現場はなかなかそうもいきません。なぜなら、現場は昨日も今日も変わらないからです。相変わらず得意先は無理をいってきますし、依然として達成目標は頭上に輝いています。そこで、何かを変えて売上が落ちても自分の責任だし、自分の部署のやり方に何も間違いはない。おまけに上司は、いつもと同じように守りの姿勢、または会社に批判的か、、、等々。

ビジョンやコアプロミスの言葉たちは、記憶のポケットにちゃんと納まっている。

しかし、それは単なる言葉であって、それ以上のものではない。あるいは、異星人か他民族の言葉のようで、難しくて理解ができない。かくして、ビジョンは絵に描いた餅になり、シンボルマークはいつのまにか申し訳なさそうに印刷物の隅っこにおさまり、ブランディングプロジェクトは終わる。

これは良くない仮想シナリオですが、まんざらヒトゴトではありません。そこには、生れたときから戦争をしている人々に、突然「民主主義」を翳しても、理解されるどころか鉄砲で打たれてしまうように、「文化」や「風土」というなんとも変えがたいものが横たわっています。

変革とは、変革の意味や理由を1 人1 人が自分の問題として咀嚼(そしゃく)し、開発から生産、物流から販売までが、そのことについて相互にコミュニケーションをはかり、一つのものさしで足並みをそろえ、顧客がそれを共感と賛同をもって受け入れることが必要です。新しいシンボルの導入展開に際しては、なぜ新しいシンボルなのか?そもそもデザインとは何か?デザインで何を達成するのか?1人1人があるべきイメージを考え、積極的に試行錯誤することによって、やがてそれは「価値」となり、組織の文化として根付いていきます。

「行動に移す」とはどういうことなのか?ここでは、先日(2001年10月10日)、大阪証券取引所ナスダックジャパンに上場した「スターバックス コーヒー ジャパン」の例を見ながら考えていきたいと思います。

スターバックス = Big Smile!

「僕はバール(カフェ)に恋をした。」 始めてミラノを訪れたハワード・シュルツ(現:スターバックスコーヒー会長兼CEO)は、ミラノのエスプレッソの味とミラノの人達がエスプレッソバーでくつろぐのを体験して心から感銘を受けます(カフェは、ミラノだけで1500店舗もある!)。その2年後の1985年、シュルツは、コーヒーバーの会社を立ち上げ、シアトルにまず数店。そしてその後、スターバックスコーヒーは、この15年間で世界4500店(北米:3700店、海外:800店)の展開をおこないます。

一方、角田雄二氏(現:スターバックスコーヒージャパン会長兼CEO)は、神奈川県葉山にある日本料理の老舗「日影茶屋」の経営を経て、1981 年から米国ロサンゼルスで「チャヤ・ブラッセリー」を開業。西海岸で話題のフランス料理店にします。ある日、角田さんは、ロサンゼルスに開業したとあるコーヒーバーを訪れ、驚いたそうです。「店員がみんな笑顔で迎えてくれる。このBig Smile は、何なのだろう?」 それが、スターバックスコーヒーでした。早速、角田さんは、ハワード・シュルツに「逢いたい」という手紙を書きます。するとなんとシュルツから連絡があり、逢おうということになったそうです。

日本進出の機会をうかがっていたスターバックス社は、日本の大手流通グループや大企業からの提携希望をはねのけ、角田さんと彼の実弟・鈴木陸三氏が経営するサザビー社(「アフターヌーンティ」や「アニエスb」など若者から絶大な人気を得る会社)を日本におけるパートナーに選びました。その理由は両者のブランドコアバリュー(コアプロミス)が、ほとんど同じで、相互に共鳴しあったからだそうです。

ちなみにサザビーのブランドコアバリューは、「先端だけれども誰でも手が届く、半歩先のライフスタイルの提供」、スターバックスは、「affordable luxury(手の届くぜいたく)」です。

規模ではなく、ブランドバリューで結びついたのでした。

そして、1995年、両社対等(50%づつ)の出資によって、スターバックスコーヒージャパンが設立され、東京は銀座に1 号店がオープンしました。

それまでも、「ドトール」や「PRONTO」など日本には同じような業態がありましたので、銀座店のオープンはそれほど衝撃的とは言えませんでした。ところが、都内に数カ所出店するころになると、固定客は増え、やがて長蛇の列をなすようになります。日曜日には、銀座店がある松屋銀座の裏界隈は、スターバックスのカップを持つ人々で溢れかえるようになりました。

その後のスターバックスの展開は皆さんもご存知のことでしょう。

日本におけるスターバックスは300店舗に達し、2004年に500店舗を目指しています。

スターバックス体験とバリュートライアングル

スターバックスには大きく3つの特徴があります。まず1つは、店舗です。「スターバックスが出店すると街の雰囲気が変わる」といわれるほど、サインやファサードはコスモポリタンなイメージを作りだします(実際、当初は、外国人の顧客が多い店でもありました)。店内はモダンでありながらオルガニック(有機的)、デザイン志向でありながらアートをとり入れ、徹底的に自然素材を活用しています。この空気感、雰囲気(エスセティックス)こそスターバックスのバリューだとシュルツはいっています。

2つ目は、商品(コーヒー)そのものの品質へのこだわりです。コーヒー豆の産地マネジメントから流通まで、あるいはコーヒーを煎ってカップに注ぐまでの技術に、徹底的で情熱的な本物へのこだわりを見せます。店内は、コーヒーの香りを損なうため禁煙になっています。

3つ目は、店員です。元気にはつらつと働く店員です。日本でもアルバイト人気No.1になっているスターバックスは、働く場所としても人気があります。

スターバックスは、これら「人」「コーヒー」「店舗」の3要素を「ブランドバリュートライアングル」と呼び、ブランドを形成する要素として規定しています。これらの全体から、顧客に「スターバックス体験」を提供し、ブランドバリュー(コアプロミス)を届けようとしています。近年、全体感覚的な訴求に注目した「経験マーケティング」も、これらのような活動の成功から端を発しているといえます。

また、スターバックス体験は、「ブランドエッセンス」と呼ばれ、「日常生活の中にありながら、第3の場所(第1は家庭、第2は仕事場)として、新しい風を吹きこむ。そのためには、『快適、本物、親しみ』という静的なバリューと『驚き、発見、わくわく』という動的なバリューを提供する。」と規定されています。

人を啓発する仕組み

好本一郎氏(現:スターバックスジャパン代表取締役専務兼COO)は、「スターバックスのブランドは、『人』がつくる。」と言いきります。「スターバックスでは、社員はパートナーと呼ばれます。アルバイトの方もパートナーです。パートナーは、お店の雰囲気をつくる演出家であり、役者として位置付けられています。私たちは広告を一切行わないかわりに、パートナーを育てる仕組みづくりに、時間とお金を費やします。常に試行錯誤を繰り返しながら、進化させていくため、明文化されているマニュアルは、オペレーション全体の20%ほどです。」

それらの「人」づくりの仕組みには、次のような特徴があります。

まずは「トレーニング」を徹底的に行うこと。「トレーナー」というトレーニングをする資格を有するパートナー(店員)が、新人のパートナーに、スターバックスのハートと、コーヒーの知識、コーヒーを作る技術を教えます。新人研修は、アルバイトでさえ10日くらいにわたるときがあるそうです。 次に明確な「資格制度と役割分担」があること。

新入社員は、「トレーナー」からトレーニングを受けることによって、「パートナー」になりお店に立つことができます。「パートナー」は、試験を受けることによって、「トレーナー」の資格を得ることができます。「トレーナー」は、パートナーの教育を担当する教官であり名誉ある職のようです。

その上が「コーヒーマスター」という資格です。「コーヒーマスター」は、コーヒーの物知り博士でお店にかならず1人おり、黒帯びではなく、黒いエプロンをつけています。テイスティングパーティなどお店でのイベントを企画運営したり、新しい店舗がどこかで出店するとなると、開店の指導に出かけるという、みんなの憧れの資格のようです。

そして、「コーヒーアンバサダー」。マスターオブマスターともいわれ、1年に1回、最高の「コーヒーマスター」が全国から選出されます。「コーヒーアンバサダー」は、海外の新規出店の指導に出かけることになります。ちなみに、2001年の「コーヒーアンバサダー」は、22歳の女性のアルバイトの方だったそうです。また、本社は、「サポートセンター」と呼ばれ、前線のパートナーを助ける役割を担っています。「ホリデーヘルパー制度」といって、クリスマスなどの繁忙期は、サポートセンターのスタッフがお店に出向し、お店の掃除や皿洗いを手伝うことになっています。

3つ目は、「店舗での活動」です。それぞれの店舗単位で、「テースティングパーティ」や「フードペアリング(食べ物の組み合わせ)」のイベントを「コーヒーマスター」が企画運営します。これらの店舗活動は、全国一斉のキャンペーンではなく、一つ一つのお店で自主的に運営されます。「ホリデーヘルパー」の要請も行うことができ、店舗オペレーションの80%は、本社の縛りではなく、自主的なもののようです。

そして、「毎日の唱和」です。
毎日、お店ごとに全パートナーが、次のような呪文(?)を唱えます。

『One cup at a time. (一杯ごとに精魂をこめて)
One customer at a time.(1人づつのお客様に精魂をこめて)』

広告だけでは、ブランドはつくれない。

好本専務(前述)は、スターバックスのブランドについて、こう語っています。

「ブランドとは信頼です。信頼は、期待通り、あるいは期待以上であることによって生れます。ブランドビルディングとは、信頼関係をつくることといえます。” 会社と社員との信頼関係”、” お客様との信頼関係”、この2つの信頼関係を築くことによって、始めてお店で働く人々が『セイレン』の顔になり、スターバックスがスターバックスでありつづけるのです」(セイレンとは、スターバックスのシンボルマークである「人魚」という意味。人魚には、優しい「マーメイド」と、シッポが2本あって、いたずら好きでお茶目な「セイレン」の2種類がいるそうです。スターバックスは後者の「セイレン」です)。

また好本専務(前述)は言います。

「スターバックスのブランドとは『人』です。ブランドとしての『人』をどう支えていくかが、私たちのブランディングのテーマなのです。ブランド構築というと、すぐ短絡的にどのような広告を打つか、という話題になりがちですが、スターバックスでは、どのようにすればパートナーに『スターバックスが好き』『職場が好き』といってもらえるかを常に思考しています。その結果として、生き生きとしたパートナーが育ち、我々のブランドが育つのです。」

「コアプロミスという価値があって、組織ができ、商品ができる」のではなく、『人』がこのような啓発的な仕組みを通じて経験と思考をくりかえすことによって、『コアプロミスという価値』が生れてくる。これらの、人の意志と言葉と行動の循環が、やがて『文化』となり『風土』となる、と考えられます。

最後に、1930年に記されたガンジーの手記を記します。

  • 『建設的な「言葉」を語りなさい。
    なぜならば、その言葉があなたの「行動」となるからです。
  • 建設的な「行動」をしなさい。
    なぜならばその行動があなたの「習慣」となるからです。
  • 建設的な「習慣」をつけなさい。
    なぜならばその習慣があなたの「価値」となるからです。
  • 建設的な「価値」をもちなさい。
    なぜならばその価値があなたの人生そのものとなるからです。』
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