スカンジナビア航空
Scandinavian airlines
スカンジナビアらしさの本質
Pictures from WorldBranding
北欧3国が共同で運行する60年の歴史をもつ航空会社は、競争激化の中で経営難に直面。そのため、ターゲットをこれまでのビジネスマンから、ファミリー層にシフト、大々的なブランドリニューアルに踏み切った。
そのコアになるコンセプトが「It's a Scandinavian.」であり、スカンジナビアらしさの本質を未来の顧客の視点から見直すことであった。それは、「もてなし」であり、「ヤコブセンの椅子」であり、「食や音楽」であり、「新鮮な水と空気」であった。
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スカンジナビア航空のリブランディング
Rebranding of Scandinavian Airlines
着想の原点と情報収集
スカンジナビア航空(SAS)は、スウェーデン、ノルウェー、デンマークの北欧3国が共同で運行する、60年の歴史を持つ航空会社だ。飛行機を正面から見ると、人間の頬にあたる位置に3国のデフォルメされた国旗スカンジナビアンユニティがほどこされている。各国政府が50%の株を出資しているナショナルフラッグキャリアで、本社はスウェーデンのストックホルム。ストックホルムのアーランダ国際航空がアメリカへの拠点、デンマーク・コペンハーゲンの国際空港がアジアへのフライトの拠点になっている。スカンジナビア半島だけでなく、北欧圏、バルト3国から欧米、中東、アジア、アフリカまで、広範なネットワークを築いている。
SASグループは北欧やバルト3国の航空会社を傘下におさめ、日本の全日空も加盟するスターアライアンスグループの一員として提携航空会社との関係も強化している。航空貨物、旅行代理店、ホテル業など、グループのビジネス展開は広がりを見せる。
ブランド全面リニューアルの背景
1990年代半ば、航空業界の競争の激化によって、それまで成功をおさめてきたスカンジナビア航空も競争の渦のなかに飲み込まれていった。経営状態の悪化、そして客離れ・・・・・・そんな情況の中で生き残るために必要だったものが新しいブランドを作り上げることだった。最新のものにして、なおかつ次の世紀に向けて顧客を再定義することが重要だった。そこでそれまでビジネスマン中心にターゲットを絞り込んでいたものを、誰にとっても居心地のいい空間、すべての人に受け入れられるエアラインをめざし、家族客にまでターゲット層を広げることにした。
1996年からリニューアルコンセプトを固める作業に入り、リニューアルデザインを必要とするアイテムをリストアップした。機内のリニューアル、空港内ラウンジのリニューアルなどには「いかに居心地良い空間を提供できるか」というデザインの観点から、米国のダブリン・グループに依頼して2,000時間に及ぶ定点観測を実施し、人の動きや、長時間すわっている乗客がどのような姿勢をとるかまで細部にわたって観測し、記録した。
このようなプロセスを経て、ターゲットである乗客に対し伝えたいもの、このブランドプロジェクトのコア・コンセプトは「スカンジナビアらしさ」に決まった。
ストックホルムデザインラボ
1997年、この一大プロジェクトをストックホルムデザインラボが担当することになった。彼らが選ばれた理由は、SASが必要としていた「スカンジナビアらしさ」を彼らが理解していたことによる。
この巨大なブランドリニューアルプロジェクトに必要だったもの、それは力強いデザインとわかりやすいブランドイメージ、そして明快なアイデア(ビジョン)の3つだった。伝えたい「スカンジナビアらしさ」、これらがブランドバリューを生み出すという考えのもと、SASのブランドアイデンティティ構築が始まった。
ストックホルムデザインラボのやりかたはそれまでのデザインの方法論とは全く違い、「Interactive (互いに影響しあう)とConnecting(つなぐ)」。つまり実際に関わる人々のアイデアが渾然一体となり、それをさらにつきつめることで、最高の結果を得ることをめざした。
SASのブランド戦略
デザインをおこす上で一番重要だったのは、乗客、あるいは誰からも「スカンジナビアの航空会社だ!」とわかってもらうことだった。SASのロゴがついていれば誰でもSASだとわかる。しかし、それがなくてもさりげなくスカンジナビアだとわかってもらう方法を求め、イメージづくりに注力した。しかもそれは機能性をも併せ持った、美しいデザインでなければならない。また、一度作り上げた企業の顔は、そうそう変えられない。そのためにも進化し続ける、古くならないデザインである必要があった。
グループ全体が同じように見えるように、イメージや雰囲気でも伝えられるように、グラフィック、タイポグラフィ、ピクチャースタイル、色、素材の選択に至るまで、「スカンジナビアらしさ」を前面に押し出したものとした。従来型のあらゆるアイテムにロゴマーキングするようなコーポレートアイデンティティの手法をさけ、それぞれのアイテムが“It’s Scandinavian”を連想させるデザインやメッセージが思慮深く展開されている。
今やSASグループは「最もデザインコンシャスな航空会社」とまで言われるようになった。洗練されたデザイン、インテリジェントなアプローチは全面リニューアル以後も進化しつづけている。1997年以降リニューアルされたアイテムは現在では2,600を越えている。
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ブランドコンセプト
Brand Concept What’s Scandinavian?
「スカンジナビアらしさ」って何?
「スカンジナビアらしさ」を追求していくと、様々なことがあがってきた。それを一冊の本にまとめたのがこれである。手はスカンジナビアの人々が代々受け継いできたもの—「Care」(世話であったり、配慮)の精神を象徴的に表している。
このコンセプトブックの中にはスカンジナビアらしさが詰まっている。スカンジナビアの伝統的な気質は率直さであり、思いやりがあって、信頼性があって、革新的。それは豊かな緑に恵まれた自然の美しさの中で長い時間をかけて培われてきたものだった。
ブランドコンセプトブック “What’s Scandinavian?”
No One Can Ever Do It Better
ハンス・ウェグナーのデザインしたデンマークの椅子。その美しい素材とフォルム、機能性もまたスカンジナビアの代表的なものだ。50年代、60年代にデザインされたものだが、今見てもまったく古くささを感じさせない。これもまた、SASがめざすデザインのコンセプト「古びない」ということと同じである。いつも斬新なものを追い求め創造するという、この革新性もまたスカンジナビアの特徴だ。
WOOD IS A FUTURISTIC MATERIAL
緑豊かな森林。スカンジナビアの人々は素材としての「木」にも愛着を感じ、この自然の素材を使い続けてきた。60年代から80年代にかけて木の使用が流行遅れと思われた時期もあったが、90年以後、また見直されつつある。人々の自然志向が高まったこともあるが、木にはあたたかみがあり、素材として無限の可能性を秘めている。現代の建築家でさえ、技術のあるクラフトマンから学ぶことが多い。北欧の木々は超現代=未来の素材、スカンジナビアの最も伝統的な素材なのだ。
STOCKHOLM – THE LITTLE BIG CITY
世界でもっとも美しい都市のひとつがストックホルムだ。「小さな大都市」と言われるストックホルムは清潔で整然としていながら、デザインやファッション、食や音楽の分野でヨーロッパのどの都市よりも一歩先んじてきた。それでいて新鮮な空気やきれいな水も失ってはいない。市の中心から公共交通機関で30分もいけば景色は荒涼としたものに変わる。気どらない、それでいて美しさを保っているインフォーマルエレガンスがストックホルムの真情だ。世界を旅してストックホルムに戻ると、それは夜の街に遊びにでかけた翌朝、のどをうるおす一杯の凄烈な水のような感覚。それもまたスカンジナビアらしさだ。
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基本エレメント
ブランドロゴ
Brand Logo
ロゴタイプ
1947年にルネ・モノによってデザインされたSASのロゴは、1998年、ストックホルムデザインラボによって変更された。シンボルとなるロゴは、ブランドコンセプトを端的に表わすシンプルで機能的、かつインフォーマルエレガンスを表現するデザインが求められた。SとSの間にAがはさまったシンプルなロゴは、ふたつのSの文字が同じように見えて、実は微妙に角度が違う。
ブランドカラーの基本色9色(ライトグレー、ブルー、赤、シルバー、ミディアムグレー、ダークグレー、深いグレー、黒、白)を規定し、ロゴにはコントラストのはっきりしたブルーと白が選ばれた。SASの機体は垂直尾翼全体がブルーに塗られ、白抜きのSASの文字がくっきりと映える美しいデザインだが、これは遠くからでも他のエアラインとはっきり識別できる。
ロゴタイプ
コーポレートカラー
- SAS Blue
- SAS Red
- SAS Silver
- SAS Medium Grey
- SAS Dark Grey
- SAS Deep Grey
- Black
- White
スカンジナビアンユニティ
SASの株主であるスウェーデン、ノルウェー、デンマークの3国の国旗をシンボライズしたスカンジナビアンユニティは、3国のナショナルキャリアであることを示している。機体などのタッチポイントでSASのデザインシステムを補完している。
コーポレートタイプフェイス
Corporate Typeface
タイプフェイス
また、オリジナルのタイプフェイス「スカンジナビアン」を開発した。このタイプフェイスは広告などすべてのコミュニケーションのほか、機内誌・機内放送・パンフレットなどタッチポイントのすべてに使われているが、このタイプフェイスを持ったことでブランドパワーがより強化された。レギュラーのほか、ボールド、ボールドより太いブラック、ライト、エクストラ・ライト、イタリックの5種類が使われている。この字体、カンパニーカラーを目にしただけでSASだとわかる。
ロティス(Rotis)というタイプフェイスを特別に作り替えたものがScandinavian Airlinesと機内用のポエムの1部に使用されている。エアバスの機体にこのタイプフェイスを使ってシルバーで書かれたScandinavianの文字は、光の角度で見え方が変わる。
ピクチュアバンク
Picture Bank
ピクチュアバンクはSASのコアエレメントとして選ばれた写真群をさすSAS独自の呼び方だ。
1988年からスカンジナビアの写真家たちが依頼され、年に2回、スカンジナビアのエッセンスとも言うべきものをカメラで捉える。森であったり人であったり、花、湖、雪、昆虫、動物……自然にあるものすべてが被写体になる。カラー、白黒、セピア……そうして集めた写真の中からスカンジナビアンを表現するものを選択し、データベースとしてたくわえていったものがピクチュアバンク。それはパンフレットの中やwebサイト、広告などあらゆる場面で活用される。ブランド表現のためのコアエレメントとして重要な位置を占めている。
自然
人間
抽象的なイメージ
ポエムバンク
Poetry Bank
ピクチュアバンクと並んで特徴的なのがポエムバンクだ。感じたままに短いポエムを作り、それをデータベースに蓄えている。
このポエムも様々なシーンで使われる。SASの飛行機に乗り込むとき、機体の外側、扉の横に暖かみのあるグレーの文字で短いポエムが書いてある。「丸い惑星では、行き先をどこにしようと必ずうちにたどりつく」など。それは乗客のこれからの空の旅にちょっとしたスカンジナビアのエスプリを感じさせる。機内で飲み物を飲むと、添えられている砂糖の袋にも「お砂糖が溶けると幸せも広がる」などのポエムが書かれている。
SASのポエムはアイデンティティを表すものとして必要不可欠な部分を占めている。グラフィックや色、そして写真と一緒になることで様々な異なった形の表現を可能にし、力強く、ユニークなアイデンティティを創りあげている。これらのポエムは、伝統的な感覚のポエムとは違うかもしれないが、ちょっとした挨拶のような、ひらめきのようなものに近い。
それぞれのポエムがSASにお客様との対話のきっかけを与えている。それはSASが、真っ先に人々―お客様と自分たち―のことを考えているということをやんわり思い出させてくれる。
SASのポエムはコーポレートアイテムのアプリケーションにのみ使われる。例えば乗客のための文書、会社のパンフレット、アニュアルレポート、SASのトラベルガイドや機内のアイテムなどに使われている。
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On a round planet, your destination will always bring you home
丸い惑星では、行き先をどこにしようと必ずうちにたどりつく
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The closest thing to heaven on earth
地球上でもっとも天国に近いもの
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As sugar dissolves, it spreads happiness
お砂糖が溶けると幸せも広がる
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タッチポイント
機体デザイン
Fuselage Design
航空機は最も強烈にブランドとそのアイデンティティ示すもののひとつだ。 外側のデザインはエアクラフトの先進のテクニカルデザインが基礎となっている。洗練された独特の細かい作りは信頼性とクオリティーを際立たせている。 あたたかみのあるグレーの機体に力強い青色の尾翼。ロゴはできるかぎり大きく尾翼の下のほうに配置されている。Scandinavianの文字には銀色と白が使用されており、その文字は天候や季節、また一日の時間帯によっても、その見え方が変化する。時には繊細に、またある時には力強く。赤いエンジンカバーの部分はコントラストになっており、地上から見上げるとよく目立つ。
空間コミュニケーション:機内
Spatial Communication : Flight Cabin
機内グッズその他
Inflight Accessories
ロゴがなくても乗客の75%以上がSASだとわかるという備品や機内食の食器など。 機体の重量を減らせば燃料も減るということで、皿などはメラミン製のものを使用している。SAS独自のコーヒーカップはコーヒーカップとマグを一緒にしたもので、安定性がよく持ちやすい。 機内のトイレも広くして、他社に先駆けて初めて窓を設けた。オムツの交換ができるチェンジングボードもあり、ここにも思いやりの心が表れている。ピローも遊び心がいっぱい。ヘッドレストのカバーの色もコーディネートされている。 SASの飛行機に乗ると、アテンダントが同じユニフォームを着用していないことに気づく。ユニフォームをワードローブという呼び方で、スカート、ジャケット、ブラウス、タートルネック、ベストなどに分けているのだ。アテンダントは思い思いにコーディネートして着用しているが、肩パッドのないソフトなデザイン。髪を止めるバレッタやエプロンなども数種類ある。
空間コミュニケーション:ラウンジ
Spatial Communication Lounge
おもてなしの心
SASの表現したかった「スカンジナビアらしさ」のひとつが、思いやり。おもてなしの心もこれに通じるものがある。乗客がくつろげる空間をいかに提供するか、トーマス・エリクソンのコンセプトは「リビングルーム」。カラーと素材にこだわった空港のラウンジはリビングルームのようで温かみがあり、95%以上、自然の素材が使用されている。中でもストックホルム空港のラウンジは、どこかの家庭のキッチンとリビングそのままに3.8メートルの白木のテーブルが据えられ、暖炉が燃えている。生花が置かれ、フライト待ちの乗客がいつまでも居たくなる居心地の良さだ。コートかけやライティング、棚など、細部にいたるまで神経が行き届いている。あるラウンジの入口にはラテックスで作った像が置かれている。「人は気になるものには触らずにはいられないんだ。アートって気になるものだと思わないか?」と言うエリクソン。気になるから好奇心でみんなが触る。ラテックス製だから揺れる。首が取れたりして3体めになるが、ずっと置き続けるそうだ。