Chapter 02
ブランディングパラダイム
Branding Paradigm

ウィルクハーン

Wilkhahn

商品と企業の2つの次元で
新しいブランドコアを

Pictures from WorldBranding

ウィルクハーンは100年の歴史をもち、59ヶ国に展開される世界的なオフィス家具メーカーである。1980年にはウィルクハーンブームという時代を迎えるが、その後競争激化に見舞われ、他社との優位性を喪失。改めてポジショニングを商品ブランドと企業ブランドの2つの次元で見直し、新しいブランドコアとバリューを定義。すべてのタッチポイントに一貫性を与え、商品開発ではデザインコリドーといわれる固有のクライテリアとデザインガイドラインを設定し、リポジショニングに成功した。

a.

Wilkhahn‘s Brand Repositioning

ウィルクハーンの概要

世界でもっとも支持されているオフィス家具メーカーのひとつであるドイツのウィルクハーンの歴史は、1907年に家具職人のクリスチャン・ウィルケニングとフリードリヒ・ハーネが、ドイツのアインベックハウゼンに創立した「ウィルケニング&ハーネ椅子工場」に始まる。ウィルクハーンという名称は、1954年に創業一族であるウィルケニング家 (Wilkening)とハーン家(Hahne)の名前を合わせて改称したものである。本社は家具製作において歴史のある土地、ドイツ北部のバッドミュンダーにある。100年前にブナの原生林がその近辺にあり、椅子を製作する工場が100社ほどあったという。現在ウィルクハーンは、世界59ヶ国に子会社、ライセンスパートナー、ディーラーを持ち、その売り上げの約半分を海外が占める有名なグローバル企業である。

ウィルクハーンの家具は、世界各国の空港、駅、教育施設、医療施設、国会議事堂内などで幅広く使用されている。例えば、香港国際空港やドバイ国際空港では、赤、青、黒のチュービス(Tubis)が並び、スペイン議会では茶色のFSラインが備えられている。

同社の製品デザインは世界レベルであり、それはデザインにおいて世界的な賞を数多く授与していることからも明白である。それは、ビジネス界や学界からの注目されている良質のプロダクトやコミュニケーションのみならず、未来志向の企業文化においても当てはまる。組織が競争優位を勝ち取るためには従業員のモチベーションを高める必要があるとして、早くから従業員参加型の経営を取り入れ実践している。

「ウィルクハーンの場合、何よりすばらしいのは、企業文化が形成される三段階の達成の間に調和のとれた関係が見てとれることだ。従業員の態度や行動理念(第一段階)、デザイン理念や社会理念(第二段階)、現場環境と経営環境の簡素な配置(第三段階)のすべてに企業文化のベースとなる個人の価値観が息づいている」(「時代を造形するウィルクハーン-そのデザイン、思想、パートナーシップ ルドルフ・シュヴァルツ著 2000年」より引用)

アイデンティティと変革のバランス

ウィルクハーンは1980年代に業績が過去最高に達し、「ウィルクハーンブーム」とまで呼ばれた時代を迎えた。だが90年代からファニチャー業界の多くの会社が、良質なものを安く提供し始め、結果、競合他社の数が急速に増加し、市場競争が激化していった。当時ウィルクハーンは、高品質かつ高価格帯の商品を生み出す伝統的な家具メーカーという評判であった。しかし同時に、顧客がウィルクハーンの商品を選択する理由が不明確になっていた。

そのため、まずブランドポジショニングの検討のために、ウィルクハーンはポジショニングモデルを用いて競合他社6社との状況を比較、分析を行った。そこからウィルクハーンの新たなポジショニングを導き出し、ウィルクハーンブランドの中心となるブランドコアと、その価値であるブランドバリューが、言葉とイメージで表現されコーポレートデザインが策定された。新たなコーポレートデザインは、2002年より導入されている。

ウィルクハーンは、ゆるぎないコーポレートアイデンティティによる企業文化を求めて続けていると同時に、変化や革新を率先して行っている。

「アイデンティティと変革のバランスを見出すことを目指した、継続的かつ差別化された、偏見にとらわれることのない思考とコミュニケーション以外に、これを達成する処方箋はない。」(「時代を造形するウィルクハーン-そのデザイン、思想、パートナーシップ ルドルフ・シュヴァルツ著 2000年」より)

Brand Repositioning

まず、社会環境分析手法を用いたポジショニングモデルをもとに、ウィルクハーンのコーポレートデザインとプロダクトデザインを競合他社6社と比較し、その比較分析の結果からウィルクハーンの新たなブランドポジションを決定。ここから作成されたポジショニングポートフォリオから、ウィルクハーンのブランドコアとブランドバリューが導き出されることとなった。

コーポレートデザインのポジショニング分析

  • ポジショニングモデル:消費者類型論のシュルツ理念型に基づく社会環境モデル
  • ウィルクハーンと競合他社のコーポレートデザインのポジショニング

プロダクトデザインのポジショニング分析

  • ポジショニングモデル:ポジショニングマップにおけるシュルツプロダクト美意識に基づいた社会環境モデル
  • ウィルクハーンと競合他社のプロダクトデザインのポジショニング

導入前のブランドポジショニング

  • 当時のコーポレートデザインとプロダクトデザインを合わせた、ウィルクハーンブランドのポジショニング

ウィルクハーンブランドの新しいポジショニング設定

  • 当時のウィルクハーンブランドのポジショニングと新たなポジショニング
  • ウィルクハーンブランドの新たなポジショニングと競合他社のポジショニング
b.

Mission Statement and Brand Value

ミッションステートメント(ブランドコア)

明確な個性を持つブランドは、それを言葉で表現することができる。この表現が組織のアイデンティティについてのミッションステートメントとなる。

「ウィルクハーンは、世界規模のオフィス、コントラクト家具の市場においてリーディングカンパニーのひとつである。私たちの製品は、時を超えたデザイン、革新的な技術、高い品質によって際立っている。私たちの顧客の仕事環境や生活の場において、それぞれのニーズに応えていくことを約束する」

ブランドバリュー

ブランドにおけるパーソナリティは、そのブランドが持っている独自の価値観と特徴から定義される。それらの価値観や特徴は、外部の要求に応じて導き出されると同時に、ブランドの核心から生まれる。ブランドパーソナリティは明快でユニークな特徴をブランドに与えるものである。

ウィルクハーンが切望するバリューは、ウィルクハーンに関わる全ての人々への約束であり、また目指すべき目的でもある。これらはすべてのブランディング活動におけるガイドラインとなる。

ブランドバリューの属性は、次のように定義される。

  • デザイン
    Design
    自立 – 理解 – 純粋 – 情熱
    Independence – Comprehension – Purism – Fascination
    ウィルクハーンは、デザイン重視の家具メーカーとしての伝統がある。ウィルクハーンの製品は先駆的なデザインであり続けようとしている。それら製品のインスピレーションは、シンプルであることや職人の技能、最大の利便性の模範となるものから得ている。
  • イノベーション(革新)
    Innovation
    進化 – 信念 – 好奇心 – 探検
    Evolution – Conviction – Curiosity – Exploration
    長年にわたり、ウィルクハーンは不断のイノベーションと繰り返し行われる全社組織の構造改革によって、自らの企業体を形成してきている。ウィルクハーンの前向きな考え方やパイオニア精神は、差別化を図ることと革新へと拍車をかけることへの決意を牽引する動力となっている。
  • 品質
    Quality
    継続 – 基準 – 完璧 – 繊細
    Continuity – Benchmark – Perfection – Sensitivity
    ウィルクハーンの品質の定義は、「良いものをより良くする」という言葉によって適切に表されている。それは単に、国際標準などの基準に準拠することを意味するのではなく、第一級の素材を使用し完璧な仕上がりであることを意味する。
  • 責任
    Responsibility
    自覚 – 人間らしさ – 影響 – 当然のこと
    Awareness – Humanity – Reflection – Matter of course
    一人間としても、一企業としても、ウィルクハーンは自らを社会そして地球環境の一員として位置付け、大小様々なスケールのなかで積極的に貢献しようとしている。
  • サービス
    Service
    義務 – プロフェッショナリズム – 国際的な協調 – 関与
    Commitment – Professionalism – International co-operation – Involvement
    ウィルクハーンは自らの努力によって最高の能力を発揮することを常に追求し、数多くのパートナーにも同じ努力を期待している。
  • 伝統
    Tradition
    経験 – 独自性 – 信頼性 – 発展
    Experience – Identity – Authenticity – Development
    ウィルクハーンの伝統を継承していくためにも、明確なブランドイメージを維持しながら、更なる発展を可能にする企業文化を築き続けるだろう。
  • 身体の心地よさ
    Physical wellbeing
    バランス – 軽快さ – 柔軟さ – 自己決定
    Balance – Lightness – Flexibility – Self-determination
    ウィルクハーンは、日常生活のなかで使えるもの、すなわち様々な人々の身体の心地よさに良い影響を及ぼす製品を提供している。
c.

Basic Design Elements

ロゴタイプ

ロゴタイプは、ウィルクハーンという名前を明確にコミュニケーションするシンボルである。それは、視覚的に際立ち、グローバルにて共有認識できる。また容易に広告メディアと統合できる。背面(地)が白色の場合にはコーポレートカラーのグリーンを用い、背面がコーポレートカラーのグリーンの場合には白抜きとなる。

カラー

カラーは、コーポレートカラーのグリーンとセカンダリーカラーのグレーが定められている。セカンダリーカラーのグレーは、コーポレートカラーのグリーンや文章表現をより強調したり、もしくは補完するために準備されている。

  • コーポレートカラー
  • セカンダリカラー

タイポグラフィ

コーポレートタイプフェイスには、フルティガーが指定されている。フルティガーは高品質であり、時代に流されることがない。また大変読みやすいという特徴を持つ。

Frutiger

ピクチュアスタイル

ウィルクハーンは、自らのブランドバリューとコミュニケーションの必要用件を補佐するイメージを用いている。「リビングスペース」と「プロダクトスペース」というふたつのイメージテーマは、屋内や野外での人々の暮らしの様子やシナリオを表現したものとなっている。「リビングスペース」においては、ウィルクハーン製品に込められた特性やアイデアが、それを使う人の特性やアイデアを示している。例えば、人が考える場所、仕事をする場所、夢見る場所、コミュニケーションをする場所など。「プロダクトスペース」は、より実用的な自然のウィルクハーンの製品を表す。ウィルクハーン製品は、常に人々や物、雰囲気、そして製品が使用される状況が関連して表現されている。例えば、仕事をする場所、人や何かを待つ場所、リラックスする場所、人と会う場所など。

「プロダクト・アトモスフィア」、「プロダクト・エスセティックス」、「プロダクト・テクノロジー」は、ウィルクハーン製品のある情緒的なシーンと技術特性に焦点をあてている。

リビングスペース

プロダクトスペース

プロダクト・アトモスフィア(空気感)

プロダクト・エスセティックス(美学)

プロダクト・テクノロジー(技術)

Communication Tools

パンフレットの表紙やホームページのデザインには、いくつか基本的な規定がある。例えば、表紙は直線で分割され、コーポレートカラーの面と写真、ロゴタイプで構成される。また内面のページデザインには、レイアウトのためにグリッドシステムが用意されている。

カバーデザイン

グリッドシステム

スクリーンデザイン

Shop and Showroom

ショールームは、イベントや接客、販売のためのプレゼンテーションにおいて効果的なプラットフォームである。一貫したブランディングを展開するために、特選された空間には、慎重に選ばれ調和のとれた要素とともに、まばらに家具が設置されている。共通の特徴として、外観には白いポールを使い、内装には白い壁面と台を使用する。(Corporate Design Guideline 2001より)

d.

Product Design

ウィルクハーンブランドは、プロダクトデザインによって区別される。ウィルクハーンの製品は、ウィルクハーンのデザイン原則を反映し続けている。またウィルクハーンの製品は一貫したブランドイメージを補足するだけでなく、独自性を持ち、ファニチャー市場に影響を与え続けている。したがって、ウィルクハーン製品の発展のためのすべてのデザインプロセスをまとめることや、「ウィルクハーンデザイン」を構成するものについての明確な定義をつくることは大変重要である。ウィルクハーンの企業におけるデザインガイドラインは、デザインコリドーを用いてウィルクハーンの一般的なデザイン原則を概説している。このガイドラインを一貫して用いることは、差別化を図りウィルクハーンブランドのデザインを強調するために、きわめて重要である。

デザインコリドー

ブランドバリューである「デザイン」を正確かつ明確に解釈してもらうために、このデザインコリドーが開発された。このデザインコリドーに適合する製品のみが、ユニークなウィルクハーン製品の特徴を持つ。

ウィルクハーン製品のデザインは、スタイルカテゴリーである「ダイナミックイノベーション」と「モダーンクラシック」の間に位置づけられる。ウィルクハーン製品の核となるデザイン特性は、デザインコリドーのメインスタイル「テクニカルミニマリズム」である。

デザインコリドーのどこに位置しているかによって、製品は3つのスタイルのどこに重点が置かれているかが分かる。だが、常に中心となるデザイン原則は関係している。製品のバリエーション展開は、コリドー全体に関連してくる。例として、「モダス」の製品群を次のページにて説明することとする。

デザインコリドーは、見本市のブースデザインにも適用されている。展示会や家具が置かれる部屋のコンセプトによって、デザインコリドーの3つのスタイル様式は、核となる「テクニカルミニマリズム」というデザイン原則が占める限り、様々な展示場や部屋のコンセプトを規定していくことができる。

ダイナミックイノベーション

若者、流行に敏感な人、そして製品価格に敏感な人々にアピールする製品をつくるためには、基本となる「ダイナミックイノベーション」が適合する(次ページのモダスを参照のこと)。素材や張地は、時代や流行を先取りしたものであるべきである。

特徴
  • 新しい素材
  • 革新的なテキスタイル
  • ダイナミックな思い切りのよいデザイン要素

テクニカルミニマリズム

「テクニカルミニマリズム」は、ウィルクハーン製品のデザイン原則の中心をなすものだ。素材と製品機能の自然な使い方を指す。「この椅子を使用してテストに合格する必要はない」—つまり、「テクニカルミニマリズム」は、控えめなデザインアプローチの正式な相関関係を示している。

特徴
  • 基本的な幾何学的形体に注視
  • 左右対称的な均衡がとれている
  • 厳格な色使い

モダーンクラシック

「ダイナミックイノベーション」が若者や流行に敏感な層をターゲットとしている一方で、「モダーンクラシック」は伝統や見識的な特色を持ち、伝統的なデザインを好む顧客を満足させる。社会的地位や快適さ、優美な仕上げを強調する。デザインコリドーは、このタイプのデザインをもカバーできる規定である(モダス参照)。

特徴
  • 伝統的な素材
  • 高級感のある仕上げ
  • 永久のものであること

Design Corridor: Sample Product – Modus

「モダス」チェアの製品群を用いて、デザインコリドーの実例を紹介する。「モダスベーシック」は、明確で永遠のデザインであり、ウィルクハーンのデザイン原則の中心的な「テクニカルミニマリズム」を表現する。メッシュ素材を背シートに使った軽量な「モダスコンパクト」は、「ダイナミックイノベーション」のカテゴリーに属するベーシックモデルのシンプルな解釈である。「モダスミディアム」は、背シートの高さが他のものよりは一段高く、また座シートも横幅が広い全面革のチェアであり、「モダーンクラシック」のカテゴリーに当てはまる。典型的なエグゼクティブチェアである。

モダスコンパクト
モダスベーシック
モダスミディアム
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