Chapter 02
ブランディングパラダイム
Branding Paradigm

南チロル

South Tyrol

農産物・観光・工業製品にブランド価値を

Pictures from WorldBranding

いまや企業だけでなく、どの地域も激しい競争にさらされている。イタリア北部に位置する南チロル(ボルツアーノ自治県)は、自らの農産物・観光・工業製品に新しい南チロルというアンブレラブランドを冠すると同時に、南チロルのブランド価値を「アルプスと地中海、奔放さと確実性、自然と文明が共生する価値」と定義し、地域の様々な関係者がブランディング活動を推進するという運動へと発展させていった。その結果、市民の共感を獲得し大きな成果を生み出ている。

a.

国や地域は、観光地として、また生産地としての側面を持つ。そこには消費者や観光客を相手とするビジネスの競争が発生する。南チロル自治県(ボルツァーノ自治県)は、強力な共通ブランドアイデンティティを持つことで、「喜びの地」として、また観光地としての複合的な力を示し、競争に一歩先んじることを考えた。そこでこの地域はメタデザインと組み、南チロルとしてのアンブレラブランドの開発に乗り出した。

南チロル地域は、激化する競争に直面している。いまやどこの地域も競争にさらされ、いやおうなしに地域や産出品の明確なポジショニング、持てる資産の集結、ターゲット層に対する明快なメッセージ発信を迫られている。原産地の由緒正しさがいまや、ひとつの決定的な競争力となりつつある。新しく開発されたデザインシステムと、南チロルの新しいアンブレラブランドは、観光、サービス、そして南チロルの上質な生産品に共通する、強力な独自のビジュアルを獲得した。このアンブレラブランドによって、南チロルはヨーロッパにおける先駆者となった。

b.

ブランド戦略

ブランディングのプロセスでは、委員会が南チロルのコアバリューとポジショニングの定義を行い、メタデザインがこれを補佐した。コアバリューは地域とその住民、生産品、サービスに固有の、独自性のある特徴を反映する必要がある。またそこに表現された理念は、委員会の全メンバーが共感できるものでなくてはならない。委員会ではアイデンティティの明確化に加え、南チロルを他の地域と差別化するものを挙げていった。広汎におよぶ市場分析をもとに、差別化が図れ、しかも検討プロセスでの結論と一致する方針が導かれた。南チロルほどユニークな形でイタリアとドイツの特性を合わせもつ地域は、他のどこにもない。心のこもった、粗削りで、あたたかい、互いに矛盾するものを包み込む懐の深さと、豊かな伝統をもつ地──これが南チロルの人々が考える故郷だ。これらの価値に基づいて立てられたポジショニングステートメントには、そのアイデンティティが端的に表現されている:「南チロルにはアルプスと地中海、奔放さと確実性、自然と文明、対照的なもの同士の共生がある」。

ブランドピラミッド

ブランドがひとつの地域全体の、観光業から数々の農産物、工業製品までを包括的に束ね、ひとつの傘の下におさめた例はそれまでになかった。また南チロルのような、多様性を内包した文化と複雑な歴史的背景をもつ場で、ブランドがこのような取り組みを行った例も初のことだった。新しいアンブレラブランドは、目標を達成し、大きな成功をおさめた。このアンブレラブランドの力に気づき、これを取り入れて活用する企業やブランドの数は増え続けている。新しいブランドアーキテクチュアの中には、事業者が選べる使用方法のオプションが用意されており、ブランド提携から、アンブレラブランドのビジュアルとの完全な融合まで、幅広い選択肢が提供されている。南チロルの人々の共感を得たアンブレラブランドは、いまや商店の棚から観光キャンペーン、広告看板までを席巻するまでになった。

• 差別化要因

ピラミッドの頂点には、ブランドに明確な輪郭を与えるバリューが置かれる。南チロルを、はっきりと独特の存在たらしめている価値だ。ここに住む人々の気質と同じく、このブランドは心がこもり、粗削りで、あたたかい。大自然のように豊かな多様性を内包し、南チロルの文化のように長い歴史につながっている。これらの価値が地域と産出品との両方にまたがる独特の性質を体現し、ブランドイメージを構築する。

• コアバリュー

ブランドの中核は、ブランドのもつ文化と、その根底にある価値観との両方を体現する。文化は「小麦だんごとスパゲティ」に象徴される、この地域の独特の性質を押し出す。南チロルでは、時の歩みはゆるやかで、住民は生活を楽しむ。このブランドも、対比や多様性をもつ一方で、穏やかな空気をまとっている。そこには信頼性と誠実さも込められている。

• 基本バリュー

基本バリューは、他のあらゆるバリュー構築を支える基礎であり、また源である。南チロルのアンブレラブランドの基層には、生命力と確実性があって、ブランドを支えている。

ブランディングのプロセス

アンブレラブランドの成功には、研ぎすまされたイメージと、それを支えるバリュー定義と明確なポジショニングが必要だ。ブランド戦略の核心に根ざしたブランドバリューとポジショニングは、ブランドのビジュアルアイデンティティを開発する基盤となる。これはロゴ、色彩パレット、タイポグラフィ等からなり、これらの基本エレメントが、ブランドに特徴ある外見を与える。

ブランドの成功に向けて第2のカギとなるものは、ブランド戦略を反映した、一貫性のある視覚イメージである。

これまで説明してきたブランドおよびデザインの考え方をふまえて、今回のアンブレラブランド検討方法を簡単に紹介したい。

1. 市場、競合関係、南チロル既存ブランドの分析

プロジェクトは、市場および競合環境の幅広い分析から始まった。焦点はビジュアルアイデンティティ、コミュニケーション、そしてポジショニング。加えて、南チロルの主要ブランドについて現状を把握するために、プロジェクトメンバーが既存ブランドのマネジャーにヒアリングを行った。

2. ブランドアイデンティティの分析 およびポジショニング

調査結果に基づいて、プロジェクトメンバーがアンブレラブランドのアイデンティティを固め、南チロルの独自性を作り上げるものを明確化した。将来的にアンブレラブランドが体現すべき価値を定義し、ブランドピラミッドの形に沿って階層状に配置した。ポジショニングは一文に要約された。

3. ブランドアーキテクチュアの確立

観光および農業領域における既存ブランドの分析に基づいて、現状のブランドアーキテクチュアの把握を行った。ブランド相互の関係を分析し、将来的に必要なくなるブランドを排除した。そして最終的に目標とする状況の設定を行った。

4. イメージボードの作成

デザインプロセスはイメージボードの作成から始まった。色彩、形態、イメージ画像を駆使して、ブランドアイデンティティが初めて視覚化された。イメージボードはデザインシステム開発のベースとなるだけでなく、ブランドアイデンティティを再定義するものでもある。

5. コーポレートデザインの基本エレメント開発

続いて、新しいビジュアルアイデンティティの基本エレメントが開発された。アンブレラブランド、「南チロルパノラマ」、専用タイプフェイス、そして色彩パレットだ。これに沿って広告、カタログ、パッケージ、販促品などの試作アプリケーションがデザインされた。

6. 公開プレゼンテーション

10回以上のプレゼンテーションが行われ、行政、各業界、南チロルの広告代理店各社、主要ブランドの代理店、メディアなどの代表者に向けて、戦略およびデザイン検討の結果が紹介された。ここでのフィードバックを加えて、戦略・デザインは改良され、最終的なものとなった。

7. パイロットプロジェクトの開発およびドキュメンテーション

南チロルの主要ブランド代理店とメタデザインが共同で、最初の試験的アプリケーションを開発した。広告、カタログから商品パッケージ、TVCMのタイトルバック、そして新しいウェブサイトwww.suedtirol.infoまでをデザインし、結果は実施運用に向けて記録された。

8. 実施運用

南チロルの地域行政府によって、アンブレラブランドを承認する決議案が可決された。実施運用のプロセスは、まずアンブレラブランド顧問委員会による規定の策定から始まった。アンブレラブランドの使用許諾および使用方法についてルールが定められ、多段階式の確認システムが構築された。

アンブレラブランド

南チロルのマーケティング部局は、長年使い続けてきた産地表示ブランドを持っていた。観光業界にも独自のロゴがあった。しかしどちらのシンボルも、両者にまたがるプラットフォームを支えるだけの力はなかった。相乗効果は生まれず、異分野のコミュニケーション活動から互いに効果を得られることはなかった。これも変えなくてはならない。地域行政、農業の主要領域、そして南チロルマーケティング協会(Südtirol Marketing Gesellschaft、SMG)のメンバーからなるワーキンググループがつくられた。このワーキンググループとともに、メタデザインは新しいアンブレラブランドの基礎を構築した。このブランドは、多様なユーザーニーズの満足、膨大な数の製品による一貫したコミュニケーション発信といった条件とともに、EU指導の厳しい規制に従うものでなくてはならなかった。

ブランドがひとつの地域全体の、観光業から数々の農産物、工業製品までを包括的に束ね、ひとつの傘の下におさめた例はそれまでになかった。また南チロルのような、多様性を内包した文化と複雑な歴史的背景をもつ場で、ブランドがこのような取り組みを行った例も初のことだった。新しいアンブレラブランドは、目標を達成し、大きな成功をおさめた。このアンブレラブランドの力に気づき、これを取り入れて活用する企業やブランドの数は増え続けている。新しいブランドアーキテクチュアの中には、事業者が選べる使用方法のオプションが用意されており、ブランド提携から、アンブレラブランドのビジュアルとの完全な融合まで、幅広い選択肢が提供されている。南チロルの人々の共感を得たアンブレラブランドは、いまや商店の棚から観光キャンペーン、広告看板までを席巻するまでになった。

品質保証マーク

産地と品質を保証する、新しい南チロルの品質保証マーク。地域の特産品と農産物に表示されるもので、EU基準を超える高い品質を保証する。

c.

地域の独自タイプフェイス

「土地そのもののように、粗削りで心のこもった」―これが南チロルの人々が抱く地域のイメージである。こうした気質を表現するべく、南チロルのためのタイプフェイスが開発された。総合的なブランディングプロセスの一環において、この書体「Südtirol」は新しいブランドアイデンティティの中核エレメントのひとつとなる。

このアンブレラブランド検討の初期段階からメタデザインでは、上質感のある、特徴的なタイプフェイスを、南チロルの独自書体としてデザインすることを考えていた。Südtirol書体は、生き生きとした手書き風スタイルの内に生命力と伝統を伝え、心づくし、粗削り、あたたかみ、豊かな伝統といったアンブレラブランドの価値観を発信している。このタイプフェイスデザインのイメージ源は、15世紀にさかのぼる起源を持つ、Schwabacher体(※西洋印刷史の揺籃期本に用いられたバタード体のひとつ―訳注)にある。メタデザインではこの古典書体を再解釈し、その現代版を作ろうと試みた。Südtirol書体は、角張った素朴なラインと、明るい現代的な雰囲気とを組み合わせている。そこには南チロル気質が余すところなく表現され、この書体を用いたあらゆるメディアにおいて、その風土を生き生きとよみがえらせる。

デザインエレメント:「南チロルパノラマ」

「南チロルパノラマ」は、ひと目でそれとわかるドロミテ山塊のシルエットから生まれた。地域の光と色のニュアンスをとらえた色彩パレットとともに、この主要デザインエレメントの明確な形状は、すべてのアプリケーションにおいて重要な位置を占める。

色彩は、他のどんな要素よりも効果的に、気分や情緒を伝える。ブランドの色彩パレットは、一時の気まぐれや個人の趣味で決めるべきものではない。むしろ論理的脈絡をもって、ブランドバリューとのつながりを構築することが求められる。新しいアンブレラブランドの色彩パレットは、南チロルの自然環境と多様性とを反映させて作られた。

ドロミテ山塊のパノラマ

南チロルの色彩パレット

南チロルパノラマ
定型アプリケーション
定型アプリケーションでは、アンブレラブランドと「南チロルパノラマ」とが不可分のユニットを成している。
モジュールアプリケーション
アンブレラブランドのビジュアルアイデンティティを利用した、モジュールアプリケーション。その構成要素はアンブレラブランド、「パノラマ」、Südtirol書体からなる。
d.

Print Media

アンブレラブランドに関わる印刷物

アンブレラブランドの実施にともない、新しいビジュアルアイデンティティを明確かつ総合的に説明するために、様々な印刷物が製作された。膨大かつ多様なターゲットグループに確実に受け入れてもらうために、導入プロセス全体を公開し、透明性をもたせる必要があった。

観光産業のための印刷物

南チロルの多面的な風土は、活動的な休暇と家族の休日との両立を可能にする。山と水辺、夏と冬、自然と文化─南チロルはその幅広さにものを言わせ、すばらしい魅力を発揮する。

南チロルのホテル・飲食業界は、手厚いもてなしと卓越した質の高さで知られる。ブランドメッセージの送り手を示すアンブレラブランドは、この地域の持てる力を結集し、その成功に寄与する。

デザインエレメントは幅広いメディアに用いられ、様々な組合せによって、生き生きとした、かつ一貫性のあるブランドイメージを生み出している。

Products

農産物

南チロルのアンブレラブランドは、来歴、特徴、品質を裏書きする保証である。この保証によって、観光産業と農業とがひとつの傘の下に置かれる。このアンブレラブランドは、他国にとってもEUにとってもひとつの指針となるもので、地域や国をマーケティングする試みとして先鞭をつけている。アンブレラブランドは南チロルの品質保証マークにも取り入れられ、既存ブランドは個々のアイデンティティを保ったまま、共通の屋根の下の統一性を表せるようになった。目的は画一化ではなく、ビジュアルの枠組みと共通のブランドメッセージによる、イメージの相互浸透なのだ。

2005年末の時点で、アンブレラブランドのライセンスを得た事業者は1,000件を越えた。

近年ますます、製品やサービスは区別がなくなり、交換可能になりつつある。リンゴ生産者も例外ではない。消費者が求めるのは、透明性と信頼性だ。南チロルのブランドをつけたリンゴは、品質と生産地が保証される。「保護された地域表示」としての「南チロル」の名を表示したリンゴは、EUから特別保護を受ける。

南チロルの特別な楽しみのひとつに、乳製品がある。南チロルの乳牛は、澄んだ山の空気を吸い、みずみずしい草を食んで、うらやましいほどの生活を送る。今回、これら全てを保証する南チロルの品質保証マークが、牛乳、チーズ、ヨーグルトをはじめ、この地域に産する全ての乳製品に表示されることとなった。

ヴィンシュガウ鉄道

新しいヴィンシュガウ鉄道は2005年5月5日、シンボリックに言えば5/5/05に運行を開始した。列車は新しいが、運行ルートには長い歴史がある。さかのぼること約99年前の1906年7月1日、現在の鉄道マニアの祖先たちがここで、マッレスへ向けてメラーノ駅を出発する最初の列車に乗り、あるいは線路脇で手を振った。

新しいブランドアイデンティティは列車のエクステリアデザインに生かされ、この新しい姿に人々が託す誇りと自信を表している。

ヴィンシュガウ鉄道
  • ヴィンシュガウ鉄道

  • ヴィンシュガウ鉄道

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Products

見本市展示

コミュニケーションにかかわる要素は、観光客向けの印刷物や、広報物の総合コンセプトだけではない。ここに見るITBベルリン国際ツーリズムマーケット展のような見本市の展示ブースもまた、この地域の新しい明確なアイデンティティで「ブランディング」されている。ブースは遠く離れた地で訪れた人々に、南チロルの生気にあふれる色彩と、森林の匂いと、もてなしの体験を提供する。

Electronic Media

電子メディア

アンブレラブランドのポータルサイト(www.provinz.bz.it/dachmarke)には、ブランドの開発経緯がわかりやすく解説されている。興味を持った人は誰でも、開発プロセスのあらゆる局面について情報を得ることができ、また高品質の成果を見られる。このポータルサイトは、新しいブランドの立ち上げにともなうキャンペーンの中心となる。

このブランドポータルでは、全ての主要デザインガイドラインと、コーポレートデザイン実施に関する広汎な情報を、データとしてダウンロードできる。毎日約90件のコンテンツ利用があり、2005年末までのサイト訪問数はおよそ30,000件に上った。

成果

  • 新しいアンブレラブランドは2005年1月1日より、ポータルサイトにて公開。2005年末までにライセンスを取得した企業・組織は、1,000件を越える。
  • 同じ期間のブランドポータルサイト訪問者は1日平均90件、総計約30,000件。
  • 2005年11月、新しい品質保証マークがEU認定を受ける。
  • 各領域での導入・実施は、現在も進行中。
  • 2006年より、このブランドをつけた商品が店頭に置かれる。

ドイツでは、共通ビジュアルアイデンティティが2005年度の「iFコミュニケーションデザイン賞」を受賞。

イタリアでは、そのTVCMが権威ある広告賞「Grand Prix della Pubblicità 2005」 (グランプリ・デラ・プブリチタ 2005)を受賞。

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