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韓国のカード市場は既に社会人一人あたり5枚所有という飽和状態にあった。どのカードも横並びで、唯一の差別化要素であった金利すらほとんど差がなかった。そこでヒュンダイカードは、利用場面や対象者に応じてサービスが異なる多様なカードマーチャンダイジングを行なった。また、経営トップの強いリーダーシップにより、イノベーションを核にした社内の意識改革と市場におけるダイナミックなブランドプロモーションを展開、シェアの拡大に成功した。

The Birth and Development of Hyundaicard

顧客に合わせた価値を提供する

ヒュンダイカードは、財布のなかでひときわ高い識別性を持つ。折畳式の財布を開けば、カードホルダーに、社名「HyundaiCard」がインデックスとしてすぐに目に飛び込んでくる。「HyundaiCard」の後につく「M」や「S」のアルファベットの一文字は、カードの種類を示し、複数のヒュンダイカードを所有していても、利用するシーンに合わせて必要なカードをすぐに取り出すことを可能にしている。

ヒュンダイカードは、韓国の財閥・ヒュンダイモーターグループのひとつであり、クレジットカード事業を展開している。ヒュンダイモーターグループには、ヒュンダイカードの他、自動車事業を行うヒュンダイモーター、金融商品を扱うヒュンダイキャピタルなどがある。発行されるクレジットカードには、様々な顧客のライフスタイルに合わせた特典が用意されている。カードはサービス内容を表す言葉のアルファベットの頭文字一文字を付け、「カードM」や「カードS」という名称で呼ばれている。例えば「カードM」は、乗用車の所有者向けのクレジットカードであり、車の保守整理時、航空券の購入時、提携店での買い物時に利用金額に応じてポイントが加算され、サービスを利用するときにそのポイントを使用することができる。「カード S(ショッピングスポンサー)」は、ヒュンダイ百貨店での買い物時に5%の割引や駐車料金のサービスという特典がある。買い物を頻繁にする層をターゲットに発行されている。「カード A(アシアナ・マイレッジカード)」は、アシアナ航空利用者向けに特典とマイレッジが付くカードである。最近は超高所得者向け、9,999枚の限定発行という「ブラックカード」を発行し話題となった。

顧客の個性やライフスタイルに合わせたカード商品やサービスを提供すること、ヒュンダイカードならではの固有の価値を提供することによって、顧客は自らのライフスタイルに合わせてカードを選択し、自分の人生を楽しむことができる。それぞれの顧客に、それぞれの価値を提供し人生を楽しんでもらうことがヒュンダイカードのブランドバリューとなっている。

ブランドプロジェクトの背景

現在、ヒュンダイカードの国内クレジットカードの市場占有率(クレジットカード発行基準)は12%を占めている。今後はそのシェアを15%まで伸ばし業界ナンバーワンの座を獲得することを目指している。しかし、わずか3年前の2003年、ヒュンダイカードの市場占有率はたった2%に過ぎなかった。ここ3年の間に急激な成長を遂げている企業であるが、親会社ヒュンダイモーター・グループのお荷物とも称されていた時期もあった。

3年前、韓国のクレジットカード業界は、就労人口数2,200万人の約5倍である、11,000枚のカードが発行される飽和状態に陥っていた。社会人1人が5枚のカードを保持しているという状況である。

また、業界全体が画一化していた。カードの差別化要因と言われる利用限度額、借り入れ時の金利、ポイントの割合などは、全てのクレジットカード会社で横並びであり、カード本体そのものに差別化がみえなくなっていたという。当時のヒュンダイカードも同様であり、発行するクレジットカードはすべて金利のパーセンテージのみを重要視したプラチナかゴールドのみであった。当時のヒュンダイカードにはパーソナリティがなかった。

他社との差別化をはかるという点では、ヒュンダイカードはサムソンカードや新韓(シンハン)カードと比べると、顧客への親近感が薄く不利な立場にあった。当時韓国では、サムソンカードやLGカードは、メーカー系のカードであり近寄りやすく親近感が持たれていた。また新韓カードやKB(国民銀行)カードは、銀行系であることから安心感のあるイメージがある。一方、ヒュンダイというと韓国では、50年前からの建設や製造業のイメージが強く、「建設や自動車のヒュンダイ」には金融と合わないのではないか、カード事業への進出は難しいのではないかといった意見も出ていた。

このような背景から、ヒュンダイカードは明確なパーソナリティを持つブランドを形成する必要があった。廉価であることや品質の良いことだけでは他社と差別化できず、ヒュンダイカードが選択される理由につながらない、ブランドイメージが商品とリンクして初めてその商品が選択されると考えたのである。確固たるブランドを構築するために、独自のトーン・アンド・マナーを作り出し、ブランドパーソナリティを確立することを急務とした。

そこで、ヒュンダイカードはヒュンダイという国内外でも知名度が高く信頼感のある韓国の財閥グループの名称を継続しつつ、最良の品質を目指し、かつデザインを重視していくという方針をたてる。ヒュンダイカードであると視覚的に認知されブランドとして愛着をもたれるために、デザインの力を使おうと考えたのだ。そしてデザインを戦略として捉えるだけでなく、財務を含めた経営面をもブランドを形成する一部として捉え、企業体そのものにメスを入れていった。強力なブランドを形成することにより、業界ナンバーワンの地位獲得を目指したのである。

このブランドプロジェクトは、オランダに本社を置くトータルアイデンティティが指揮を執り行われた。

デザイン戦略と組織改革

まず、ヒュンダイカードはコーポレートアイデンティティ(以下、CIと記す)を一新した。新たな社名ロゴタイプ、オリジナルの書体、トーン・アンド・マナーといった、一連のコアエレメントが新たに設定され、店舗、クレジットカード、ポスターやテレビCMなどに反映された。

そして、新たなCIを導入しデザインを刷新すると同時に、真のパーソナリティを持つブランドを構築するために、ヒュンダイカードという組織そのものが変わらなければならないと考えたのである。それは、社員一人ひとりのマインドセット、日々の仕事の進め方、会議の雰囲気、そして店舗やオフィスのインテリアなど全てが一緒に、同じパーソナリティを持つべく、変わらなければならないことを意味した。

ヒュンダイカードのブランドパーソナリティの一つにInnovationがある。イノベイティブになるために、ヒュンダイカードCEOであるMr. Chungは小さなことから変革を始めたという。例えば、社員が社長に会うために上着を着用する必要はないこと、また時間がつくれないときは、電話や電子メールにて社長と連絡を取ることも可能である、などフレンドリーな関係でよいことを社長自ら社員に伝えている。そして、階級を大変気遣う韓国では珍しい慣習であるが、会議室において階級による席順を考慮する必要はなく、出席者はどこでも好きな席に座ってよいことになっている。さらに本社のカフェテリアには、社員や社長自らが楽しく趣向をこらした姿の写真がインテリアとして使用され、明るく楽しい職場環境が作られている。これは全て、今までの古い会社の雰囲気をなくし、自由な発想が生まれるイノベイティブな社風を作り出すための改革である。

また、人材採用に関してもユニークな取り組みをしている。韓国ではカード会社の人材は金融業界出身者が多いが、ヒュンダイカードにおいては、様々なバックグラウンドを持つ人材を積極的に採用している。これまでほぼ100%が金融業界出身者であったが、現在では他業種出身の人材を50%の割合で採用する方針を立てている。そして、ボートメンバーにデザイン大学の元学長を招いたり、新たにマーケティングの部署を設けるなどの組織変革も行っている。

経営層や社員の一人ひとりがブランドを体現している

ヒュンダイカードでは、顧客との直接の接点となる店舗での顧客対応、電話によるカスタマーサービス、そしてオフィスにおける打ち合わせなど、それぞれの仕事の現場において、社員や経営層の一人ひとりがブランドを体現している。それは、CEOであるMr. Chungがブランドについて語った言葉に表れている。

「ブランドとは、自己表現です。そしてブランドバリューとは、体で感じることです。特定の言葉にする必要はありません。日々の仕事がヒュンダイカードです。私が誰かと会い、その方のことを感じ、その方がどう感じられたかが大切です。出会い、会話をした人の話を信じていない、あるいは感じていないのでは意味がありません。」

わずか数年前には、業界において不利な状況や立場にあったヒュンダイカードが劇的な急成長を遂げた。それは、デザインや経営などあらゆる面にて改革を行い、経営層や社員の一人ひとりがブランドを体現し、確固たるブランドの構築に成功した結果だといえる。

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